連載コラム第6回 小売業界×テクノロジーの進化

連載コラム第6回     小売業界×テクノロジーの進化

昨年の年末に「キャッシュレス先進国の北欧デンマークでは、子供のお小遣いにも現金なしの波がやってきた」という新聞記事に目が止まった(2017年12月28日付日経)。

北欧ではデビットカードなどでの小売店での支払いが当たり前ということは、以前このコラム(2017年10月)で書いた通りだ。それがお小遣いにまで及び、親が子供の口座にお小遣いをスマホで送金すると、子供のスマホ画面に銀行のキャラクターが登場して振り込まれたことを教えてくれるという。お小遣いは、現金のありがたみを知る、あるいは金銭感覚の大事さを知る良い機会だったはずだ。現金が単なる数字に置き換わった時にどのように金銭教育をするのか、子供を持つ親は真剣に考えておくほうがよいかもしれない。

翻って、今回のコラムは小売業界にデジタルテクノロジーの波がどう影響を与えているかを、ネット通販の雄であるアマゾンの話題をベースに考えてみたい。それは皆さんの大方の予想通り、まずは実店舗からネット通販への大きな波、そしてキャッシュレス化と人手不足への対応が三つの大きな山となろう。キャッシュレス化は以前書いたので、省くことにする。

アマゾンは当初、ネット書店からスタートし、近年では、家電、高級車、日用品、結婚式場、クラウドサービスに至るまで、ありとあらゆる商品・サービスのネット通販で爆発的に売上高を伸ばし、他の実店舗の小売店や百貨店の売上を喰っていった。皆さんご存知の通りだ。事実、アメリカではトイザラスが17年9月に経営破たんし、ギャップは3年間に傘下の「GAP」と「バナナリパブリック」の約200店舗を閉鎖すると発表、メーシーズやJCペニーなども大量閉店に追い込まれた。すべてがアマゾン効果ではなく、自身の努力不足があるにしても、大きな影響は受けているのは事実だろう。

2018年1月22日、アマゾンは米国シアトルでほぼ無人のコンビニ「アマゾン・ゴー」を開業した。画像認識やAIの深層学習技術を駆使することで、顧客は棚から商品を取って歩いて外に出るだけで会計が済む。ここでの買い物には専用アプリをスマホにダウンロードすることが必要で、アプリの設定時に自分のアマゾン口座を登録し、商品の代金もこの口座から引き落としされる。アプリに表示されるQRコードを入口のゲートにかざして店内に入れば、天井一面にある130台のカメラが追跡するものの、買い物は自由だ。顧客にとってレジの待ち時間がないのはストレスがなくより便利ではある。店舗側のメリットは万引きが無くなるのと人手不足の解消だ。

これが成功すれば、恐らくそのテクノロジーをホールフーズ・マーケットに適用するだろう。ホールフーズ・マーケットとは、アマゾンが2017年6月に137億ドル(約1兆5千億円)で買収した全米屈指のスーパーマーケット(16年9月期売上高は157億ドル)である。この買収で460の実店舗と生鮮食品のサプライチェーンを手に入れたことになる。これでアマゾンはネット通販に留まらない巨大な小売業者となった。ネット購入と宅配で済む商品が増えれば、店舗にはそれと同じ商品を置く必要はなくなる。

レジを無くす動きではないものの、セルフレジ(無人レジ)の導入も国内各社で始まった。経済産業省はコンビニ大手5社と協力し、全商品を電子タグで管理することで2025年までに無人レジ化を実現する構想を発表した。このような技術が普及すれば、労働力不足はかなり解消するだろう。

コンビニ「ニューデイズ」を運営するJR東日本は2017年11月、大宮駅でAIを使った店舗の実証実験を行った。交通系電子マネー「Suica」などをかざして入店すると、天井や商品棚に設置したカメラによってAIが、顧客が手に取った商品を認識し、専用端末にSuicaをかざして購入する。ローソンは深夜と早朝のレジを無人にする実験を今年の春に実施するという。

ユニクロを展開しているファーストリテイリング傘下のジーユーでは2016年6月からその実験を始め、17年8月時点では176店舗でセルフレジを導入済みだ。マクドナルドや無印良品も試験導入を開始した。

ユニクロでは、取り扱う国内外の全商品にICタグを取り付ける。瞬時に在庫管理を済ませて店員を接客に回し、来店客には待ち時間や欠品を少なくする効果が期待される。1年以内をメドに導入する予定とのこと(2017年11月7日)。ICタグは無線で自動的に情報を読みとれるため、人手の操作が必要なバーコードより作業時間が短縮できる。店内では、来店客がいつ商品を手に取り、その商品が売れたのか、棚に戻されたのかが分かり、購買分析もできる。

既存の購買方法とはまったく異なる新しい流れも出てきた。

アマゾンの「ダッシュボタン」は商品注文用のボタンで、キッチンや洗面台に貼りつけておくと、ボタンを押すだけでその商品を注文することができる。指先ほどの小さなボタンだ。すでにグローバルで500種類以上のダッシュボタンが発売されている(2017年10月末時点)。ミネラルウォーター、洗剤、シャンプー、紙おむつなど重くてかさばる商品にはうってつけだ。これを押して簡単にその商品を買った瞬間から、消費者は別のブランド商品に乗り換えることを考えなくなる。競合他社や広告宣伝業者からしたら、まさに破壊的なスイッチである。

また、アマゾンの「エコー」も脅威だ。これは音声アシスタント機能である会話型AI「アレクサ」を搭載したスマートスピーカーである。音楽ストリーミングが可能なスピーカーで、アーティスト名や曲名を口にするだけで、その曲をかけてくれる。アマゾンのことだから近い将来、エコーに「この商品を買っておいて!」としゃべるだけで注文できるようになるだろう。そして、アレクサが補充の必要な商品を検知して、注文するようにもなるかもしれない。ただし、アレクサがどの商品を推薦してくるのか、従来買っていた商品なのか、新商品なのか、競合ブランドの商品なのかわからないものの、膨大な購買データをAIが分析した結果から推奨してくるのだから、きっとアマゾンが儲かる仕組みには違いない。

アマゾンの売上高は16年に15兆円に達した。小売りの最大手であるウォルマート・ストアーズの株式時価総額も15年に抜いた。クラウド事業(AWS)では世界最大手になり、ネットテレビにも膨大な投資をしようとしている。あらゆる情報(データ)を手中にし、いったいこの先どこに向かおうとしているのだろうか。もはや小売業者ではなくコングロマリットとなったアマゾンは、スピーディに革新的な手を打ちながら、産業や資本主義そのもののあり方を変えようとしているのかもしれない。

しかし、いくらアマゾンが巨大で革新的でも、世界中のすべての小売業の実店舗を食いつぶすわけではなく、今後も生き残って成長を続ける小売業者は必ずいる。

経営理念やビジョンがしっかりしていて全社員まで共有でき、顧客のニーズを瞬時にくみ取って商品(またはサービス)作りまで首尾一貫している企業は確実に継続できるだろう。地域に根差した独自性のある商品を作って売る企業も残るだろうし、店内を回遊するだけで楽しめる店舗や宝探しのように様々な変化に富む商品を陳列する店舗も、店員との会話を楽しみながら、あるいは店員のアドバイスを聞きながら購買する顧客向けの店舗も残るだろう。

そもそもネット通販と実店舗は敵対するものではなく、顧客のために競業していくべきものである。顧客あっての小売業なのだから。また、アマゾン自身が自らのPB商品を作るわけでもないので、アマゾンと独自の商品を作って売る小売業者との協業はこれからも続いていくはずだ。

いずれにしても、環境変化を見逃し、対応をせず自助努力をしない企業は早晩つぶれる運命にあると言っておきたい。経営者にはそのことをいつも肝に命じてほしい。

年初にインフルエンザにかかり、5日間も仕事ができなかった。ちょっとゆっくり休めと言われた気がするものの、このコラムは月末までには何とかしようと踏ん張ったが、なかなか時間が取れず中途半端なコラムになってしまった。書き足りないのはまた、どこかで…。

読者の皆さんには、いつも文章が長すぎる、とお叱りを受けそうなので、この辺で筆を置くことにしよう。