連載コラム第5回 不動産業×テクノロジー=不動産テック

連載コラム第5回 不動産業×テクノロジー=不動産テック

僕の好きな小説家である宮城谷昌光さんの近著に『呉漢』上・下巻(中央公論新社)がある。中国・後漢時代の歴史小説だ。上巻の最初のほうに、主人公である呉漢が知人に諭される場面が出てくる。

「志とは、ある意味、雲に梯子(はしご)をかけるにひとしい。とてもできるはずがないと他人に嗤(わら)われてこそ、ほんとうの志だ。」

これには、まさに同感!と思わず膝を叩いた。漠然とした夢や目標ではなく、高い志を持つことこそ生きる意味なのだと教えている。ビジネスマンや経営者である読者諸氏への教訓になると同時に、自分自身への戒めにもなった。

さて、早くも第5回目を迎えたコラムだが、今回は不動産業界に与えるデジタルテクノロジーの影響を追ってみた。同業界でもテクノロジーの進化が大きな変身・変化を迫ろうとしている。略して「不動産テック」、そんな事例を取り上げてみよう。

従来は情報を持っている業者、特に中堅・大企業にしか分からなかった中古物件の流通価格をAIとビッグデータ解析によって割り出し、中古物件の価格を推定するサービスを提供するコラビット、全国のマンション価格を推定し、すでに月間16万人が利用しているマンションマーケット、フェイスブックなどで顧客を募り、築20年超の空きマンションを改築して販売するリノべる、スマホで昼間の空き部屋の貸し手と借り手を仲介しているスペースマーケット、スマホのアプリで解錠でき部屋の出入りを正確に管理できる製品を開発し民泊用の施設を増やす効果を期待されているキュリオ、双眼鏡のようなVR(仮想現実)機器を覗くと詳細な間取りを3次元で確認できるので遠隔地での接客が可能な内見サービスを手掛けているナーブ、駐車場シェアを手掛けるアキッパなど、実にさまざまな企業が登場してきた。

まだ、次がある。不動産業界ではデベロッパーが在庫を数多く抱えることは決して珍しくない。ただ、在庫を抱える時間が長くなればなるほど、物件の資産価値が下がることもありうる。そこで、アパート経営の希望者と土地所有者が直接、物件情報を交換できる会員制のサイトを作ったのがインベスターズクラウドの「TATERU」である。在庫は不要になり、顧客の支払う経費も下げられる。顧客からの問い合わせには、アプリを通じてAIが自動応答する。あらゆるものがインターネットにつながるIoTを賃貸住宅に応用する事業も始めたという。

また、ネット上で不動産の仲介を手がけるイタンジは、かつて六本木に実店舗を構えていたが客が来ず、会社は倒産しかけた。検索サイトで物件情報がヒットしやすいように工夫すると、来店客でにぎわうようになった。今では問い合わせの6割をAIが回答し、スタッフ1人で応対できる客数は月1000人となり、従来の25倍となったという。

ここまで述べてきた事例は、すべて中小企業のものである。数か月の間に新聞・雑誌から収集した事例ではあるが、このまま成長を続ける企業もあれば、本コラム掲載時以降に継続できずに倒産する企業もあるかもしれない。アイデアベースでは優れていても、いざ実務で使えて需要が拡大していくかというと話が異なってくる。

事業を継続的に成長させるには、ビジネスモデルが明確でおまけに単純明快であり、サプライチェーンがしっかり回るような事業基盤を創る必要があるのだ。

エアビーアンドビー(Airbnb)はすでに有名なのでご存じの方も多いとは思うが、ビジネスモデルは明確で事業基盤が確立してきた事例だろう。米国カリフォルニアで2008年8月に誕生した世界中の宿泊施設をネットやスマホで掲載・予約できるマーケットプレイスである。いわゆる民泊の予約サイトで、ホームページによると通算してゲスト数は2億人を超えたようだ(2017年8月)。もはや中小企業ではない。日本国内では、ユーザー側の利用時のマナー問題をクリアしないと進展速度は早まりそうもないが、グローバルには展開が早いようだ。

次は、既存のビジネスのあり方を大きく革命的(破壊的)に変えようとしているテクノロジーの話しである。

現時点では主に仮想通貨に使われている技術でブロックチェーンと言うが、これが進歩・普及してスマートコントラクト体制が日本中に整備されれば、既存の不動産取引のあり方そのものが変わってくる。もっと簡単に、もっと安全に、もっとスピーディに不動産取引ができるようになるだろう。

通常、家探しには時間がかかって面倒なことも多いが、希望条件をスマートコントラクトで明確にしておけば、信用できる大家の賃貸物件のなかで条件に合うものを自動的に見つけ出してくれる。最終的には現地訪問が必要だろうが、時間もかからず、仲介手数料は相当安くなる。あるいは、仲介業者が不要(仲介手数料はゼロ)になるだろう。こんなことが十数年後には実現しているかもしれない。

事実、内閣府の規制改革推進会議では不動産の物件情報、法務局の登記簿、自治体の固定資産課税台帳、農地台帳などのデータのブロックチェーン化が検討されているし、大手の不動産会社でも物件情報のブロックチェーン化に取り組み始めたという(2017年12月)。それらが完成した暁には、不動産仲介だけを営む業者や役所の不動産担当者が本当に不要になる可能性もあると思う。

このコラム連載を始める時に「前文」にこのように書いた。「中小企業やベンチャー企業こそ勇気を奮って既存の枠組みや業界の慣習をぶち壊し、イノベーションを起こして欲しい。…(略)…劇的な変化が起きているのに、その変化を変化と感じずに受けて死んでしまう「ゆでガエル」にならないために、変化を仕方なく受け入れるのではなく、変化を起こす側に立てるようになってほしい。」

今回見てきたさまざまなテクノロジーは、既存の不動産取引のあり方を根本的に変えるだろう。不動産仲介だけを行っている業者は存在さえ危ういし、業界大手の企業さえも安穏としていられない時代となる。中小企業が大いにテクノロジーを利用してビッグになるチャンスだと思う。奮起を期待したい。