連載コラム 第1回 自動車関連業界とテクノロジー

第1回 自動車関連業界とテクノロジー 2017年10月2日

ガソリンエンジン車の草分けであるT型フォードが発売されたのが1908年、今から110年ほど前のことだ。これを契機として移動手段が馬から自動車に替わっていった。

当時、鞍などの馬具を制作・販売していたエルメスが、大きく業態転換を果たしたことは有名な史実である。日本でもトヨタ、日産、ホンダなど多くの自動車メーカーが誕生し、戦後のモータリゼーションの高まりに応じて規模を拡大し、世界中に展開していった。しかし今、それと同じような大変革が再び起きようとしている。

近年、IT・通信技術・AI・センサー等の発達で自動車を巡る環境は大幅に変わり、自動車業界にもグーグル、アップル、アマゾンというまったく新しいプレーヤーが他業界から参入してきている。言わずもがなだが、EⅤの雄であるテスラの勢いも止まらないし、自動車を「所有」から「共有」へと導くシェアエコノミーの動きも顕著だ。

電気自動車(EⅤ)、コネクテッドカー(インターネットにつながる自動車)、カーシェアリング、AIを中核とする自動運転技術燃料電池自動車(FCV)、ドローン技術を応用した空飛ぶクルマなど次々と新しいキーワードとともに革新的な製品・サービスが生まれ、公道を完全自動運転車が走る日も遠からず訪れようとしている。

自宅の前までロボットタクシーが迎えに来てくれて、バッグを持たずに旅行に出かける自分の姿が想像できる。その時、空を見上げると空飛ぶクルマも行きかっている。手塚治虫が1950年代初頭にSF漫画「鉄腕アトム」で描いた未来の姿が現実のものになろうとしている。60歳で亡くなった天才漫画家は、存命ならば2017年11月3日で89歳になる。漫画を描き続けていれば、この先の未来をどんな風に予測するだろう。

では、本論に戻って、最初に電気自動車(EⅤ)の話をしよう。いま一番ホットな話題であるEⅤの大きな特徴は、ガソリン車と比べてはるかに部品点数が少ないことである。

ガソリン車では約3万点の部品(数え方次第では10万点にもなる)が必要だが、EⅤではその4割が少なくて済む。モーター、バッテリー、制御装置、タイヤ、ボディ、シャーシさえ買い揃えられれば誰でも簡単にEⅤが製造できるのだ。動く部品が少ないため摩耗が少なく、メンテナンスも楽だし、オイル漏れもない。複雑なガソリンエンジンが不要なだけでなく、少し先のことにはなるが、ほとんどの交通機関が自動運転になれば事故が起きなくなるので、剛性の高いボディやシャーシも不要になる。米日欧の限られた国の大手メーカーがリードしてきた巨大な産業ピラミッドが崩れ、EⅤメーカーは世界中に乱立する予感さえある。事実、掃除機で有名な英国の家電大手ダイソンは17年9月26日、2020年までにEⅤに参入すると発表。モーターはお手の物だろうが、バッテリーを自前で開発するというので驚いた。どんな形のダイソン・カーが登場するのか楽しみだ。

ガソリンエンジン車の時代はどこで終焉を迎えるのか予測できないが、この先、サプライチェーンに属している多くの会社が大きな影響を受けるのは確実だ。英仏両政府は2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止すると発表した(2017年7月)。世界中のメーカーがEⅤ化へ舵を切り始める先鞭をつけた。

大気汚染対策から環境規制を強化してきた中国政府も、その発表を受けてガソリン車等の製造販売を禁止する方針を表明し、導入時期の検討に入った(2017年9月12日)。実は、既に世界のEⅤ販売台数(2016年度)の51%はなんと中国市場におけるものであったので当然の成り行きかもしれない。

ルノー・日産自動車連合は6年間の中期経営計画を発表した(2017年9月15日)。そのなかで、2022年までに完全自動運転車を実用化するほか、販売台数のうちのEⅤの割合を3割に高めるという。無人運転車を使った配車サービス分野にも参入する方針だ。トヨタ、GM、フォード、ダイムラー、BMW、アウディなどの大手自動車メーカーのすべてがこぞって次世代技術の先陣争いに突入してきた。

翻って、自分たち下請けメーカーの作ってきたガソリンエンジン部品が、いつか不要なときがやってくるとすれば、どこかで事業の大転換を実行しない限りその企業は、生き残れない。馬具だけを作っていたエルメスの経営者や職人の痛み・悩みが分かろうというものだ。

中小企業であれば、大企業より事業の転換はしやすいはず。部品の発注量が現実に減ってきてからでは遅い。いろんな業態に転換するには様々なチャレンジが必要であり、赤字になってからでは試行錯誤はできない。黒字でキャッシュのあるうちに絶対にトライすべきなのだ。

米国で2009年に産声を上げたウーバー(Uber Technologies)は自動車配車ウェブサイトと配車アプリを、すでに世界70カ国で展開している。シェアエコノミーの象徴であるライドシェア(相乗り)の先駆けと言える。配車アプリで移動したい人と稼ぎたい人をつなぐシェアビジネスの成長余地は大きい。最近は創業者であるカラニック氏が、社内セクハラを黙殺していたのと自らの暴言の責任を取りCEOの座を降りしばらく混乱していた。

2017年8月27日にダラ・コスロシャヒ氏(大手旅行サイトであるエクスペディアの現役CEO)が次のCEOとして選ばれた。最短で1年半後のIPO(新規株式公開)をめどに上場準備を進める方針だという(2017年9月1日)。訴訟や調査への対応、損益の黒字化、技術盗用問題など様々な課題を抱えたなかでの離陸となった。

ライドシェアについて日本では、既存のタクシー会社からの反発や白タク(違法)行為に当たるとして全面的な展開がなかなか進まず、一部の地域の利用に限られている。ただ、この仕組みを応用した物流版マッチングアプリの可能性は見えてきている。次回以降で取り上げる予定の「物流業界とテクノロジー」のなかで事例を紹介するつもりだ。

また、国内で自動車のライドシェアサービス(アプリの名称は「ノリーナ」)をしているゼロトゥワン(ZERO TO ONE)は、同乗相手の検索にAIを活用する取り組みを始めた(2017年8月7日)。ユーザーが登録するSNSの情報を基にAIで趣味や人柄を分析して最適な同乗相手を見つけるという。スポーツ観戦や音楽フェスティバルに向かう車のなかで話題が合えば、どれだけ盛り上がるのだろう。現在、3万人の登録者がいるという。

つい最近知った話題では、日本への中国人旅行者がよく利用するのは日本在住の中国人が運転する車ということ。彼らは訪日する前に白タクアプリでドライバーを見つけ、契約したうえで訪日するのだ。東京だけでも17年8月末の登録ドライバーが2,000人近くいて、すでに世界中の1500以上の都市でこのアプリは使われているという。ユーザーからの評価で、高い評価を得られれば次回の仕事を受注する確率が高まる。スマホで簡単に予約でき、質の高いサービスが受けられるのであれば、広まるのも当然だ。問題は日本国内では白タク行為で違法であること。放っておけばますます広がり、日本の事業者と公正な競争ができないばかりか、ドライバーの所得に課税することも難しい。日本が観光立国を目指すのなら、観光政策と白タク行為の規制を根本から見直す必要があるだろう。

以上、今後大変革を起こすであろうEV化とシェアエコノミーについて、ほんの一端を見てきたが、いずれにしてもこれらの動きは止められそうにないと思う。

時代の波、技術革新の波、環境変化の波を受けながら、企業はそれらに対応するように自ら変化し続けないと生き残ってはいけない。

目の前に想定外の荒波が立ちはだかってからでは、対応は難しい。ある日突然、仕事の受注がこなくなることだって有り得る。想像してみてほしい。当たり前のことだが、経営者の判断が企業の進路を決めるのだ。

本コラムで取り上げた自動車関連業界に限らず、自社の事業領域にはどんな荒波がこようとしているのか、絶えずアンテナを立てて見張っておく。事業領域はこのままでいいのか考えて、考えて、考え抜く。全社員を巻き込んで徹底的に、本気で議論する等々、いろんな準備をしておく必要があるだろう。
健闘を祈る!